鳥の子

 

 

花を探しているのに

目に映るのは死体ばかり

戦乱はこうして

新たな緑の苗床となるが

少女はいつも

涙をこらえることができないのだった

 

 

ひと続きの岩は

やわらかな苔に覆われていて

家にもどるときのかっこうの目印だった

少女は木の扉をくぐった

一本のさじが落ちて

一本のナイフに当たった

その音にひとつの食器が震えた

少女は目を閉じたまま聴いていた

長い間

ひとりで生きてきたのだ

 

 

行方知れずの川を下ると

中洲に根をはる梨の木があった

枝は根元から上へ向かい

葉は中洲を覆い

まるで川に浮かんだ

巨大な緑の髪飾りのようだった

少女はいつもそこを訪れ

あらゆるなぐさめを得るのだった

 

 

季節はずれの砂塵が

森のすそを薄く埋めた

こんな日は風が何より強く

血のにおいを運んでくる

少女は憶えている

墓標のように続く

砂から突き出た兵士の手の列を

少女はまた憶えている

砂漠で幼い王の亡骸を抱き上げたとき

その口からこぼれ落ちた砂の色を

 

 

皮の袋に木の実を入れ

捕らえたうさぎにとどめをさすと

森はひとつのようにゆらめき

途切れ途切れの血の香がからみ飛んだ

川で口をゆすぐ少女の頬を

砂まじりの水がぴしゃりと打った

きょうも家にもどるため

死体に咲いた花をかきわけて

少女はいつしか泣くことをやめ

語りかけるように歌っているのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 ノート(緑透火)

 

 

花が居て

狂いたい

と言った

なにもしてやれないので

川にうつる枝のなかに立ち

はらわたの森をひらき

ここにお入り

と 言った

 

 

蝶が来て

狂いたい

と言った

なにもしてやれないので

壁にうつる川の光の前に立ち

はらわたの森をひらき

ここにお入り

と 言った

 

 

私が居て

狂いたい

と言った

なにもしてやれないので

川をわたり 自転車に火をつけてから

はらわたの森をひらき

ここではない

と 言った

 

 

誰もいなくなってはじめて

あなたが

狂いたい

と言った

なにもしてやれないので

川を流れる名前をすくい

はらわたの森をひらき

ここに はじまる

と 言った

 

 

 

かなえられない願いたちが

さまよいのなか立ち止まり

川の向こうで燃えつづける

鏡と光の歯車を聴いていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 ノート(外へ ふたりで)

 

 

あなたのざくろを手にとり

涙が止まらない

いつのまにか降った雨で

道は濡れている

雲は西へ西へ西へと渦まく

夕暮れはもう地のほうから蒼い

 

 

鉄塔をまわり終えれば

答えは来るはずだった

あなたとふたり

緑のなかに閉じこめられて

そのままでよかったはずなのに

わたしは火をつけることに決めたんだ

 

 

古い食卓が燃えてゆく

用意された果物が燃えてゆく

後ろを振りかえると

火が川だけを隠して立っていて

同じ流れの違う川みたいに

夜の雲を明るくしていた

 

 

わたしはあなたの手を握る

すると羽が降るようだった

今ちぎられたばかりのあたたかさで

見えない色がちらばって

空を鏡のようにして

ふたりの笑みを見せてくれた

野を去る背中を見せてくれた

 

 

 

 

 

 

 

 

 猫と灰蛾

 

 

午後に目覚めた双子の猫が

雨のむこうのはばたきを見ていた

夢の音から目をそらし

見つめた先にはばたきはあった

 

 

はばたきは薄く光を帯びていた

ゆっくりと近づく別の午後のようだった

 

 

双つの瞳は思い出していた

雨から雨が降りつづける日の

雨のむこうが見えない午後に

声を持たずに生まれたことを

 

 

たどりついたはばたき

足元を濡らす小さな息

 

 

見えない羽を歩む空の

声と言葉に照らされる水

双子と灰蛾は午後を見ていた

飛び去る雨の行方を見ていた

 

 

 

 

 

 

 

 

滑車の前で

 

 

滑車の前で 光を背に

腕をひろげて 動けずに

崩れ重なる門の残骸

霧を貫く鉄の橋から

したたる滴を聴きつづけていた

 

 

霊はいて

雪の地に立ち

応えを受ける

霊は霊に

応えをわたす

衣の奥の明るさが

地の影を立ち上がらせ

軽やかな口もとの導きが

雲を夜の火に触れさせる

 

 

道に降り立つ鳥の背後で

こぼれ落ちては鳴り響くもの

かつて門が立っていた地に

離れたままにあるものたちが

同じ一瞬の空を聴く

刹那の水を照らして消える

遠い遠い閃きを聴く

 

 

雲のむらさきを浴び

無い水のなかに立ち

無い影をつくるもの

上にも下にもある青に

触れたくてしかたのない微笑みの

羽を失くした霊のはじまり

添えられた手のなか

分かれていく前の

小さな 小さな

水の混沌

 

 

雲のかけらがくすぶる道で

霊は夜を語り終える

石を覆いひしめく花が

昇る月の色にひらき

夜に満ちる声を聴く

 

 

ひとりの霊が飛び去る先に

白と黒の朝は終わる

重なる鉄の群れを見あげ

滴のなかの声を知るとき

わたしは光のはりつけから放たれ

残された飛べない霊の手のひらを

応えとともに握りしめ

誰もいない地へ歩いていく

もう一度 門が見える日に

もう一度 門が語る日に

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒衣の子

 

 

水に浮かんだ子のまわりに

鳥のように大きな若葉が

一枚 一枚と落ちてくる

子は枝を噛む風を見つめる

見ぬふりをする空を見つめる

 

 

 

黒い衣 黒い犬

黒い土の上に散らばり

水のなか

夜のなか

白い線 白い点

降りしきるなか

空に嘘をつぶやく子

 

 

 

あらゆる色が混じりあい

灰になった夜の水から

虫の赤だけが粒にひらめき

集まり 分かれ くりかえし

帯を失くした子のようにうつむく

 

 

 

 

 

 

 

 

 銀の手

 

 

わたしは投げ出す

わたしは拾う

手は銀になってゆく

 

 

つばさ失く飛ぶ火が越えてゆく海

ただ音だけで造られた海のむこう

 

 

骨と魔術師との対話

夜に生まれ

朝に消えるバベル

こぼれ落ちる言葉の色に

飢えた耳を傾けるものは

もっと不埒な神になる

 

 

冷たく激しい

雪のない吹雪のなかに

罠のように立つ温かさの塔

わたしは拾う

もうひとつの言葉を

手に乗るだけの温かさを

人のままさまよう那由他の言葉を

 

 

歩き出せ

走り出せ

飛べ

世界は無数のもうひとつを持つ

歩き出せ

走り出せ

飛べ

つばさ失きひとりの火のように

銀の手で

銀の手で

古い季節の音たちが

折り重なる歩道から

閉じた目の先へとつづく

蒼と金の滑走路から

 

 

 

 

 

 

 

 

 光と言葉(わたしとけだもの)

 

 

壁に描かれた

巨きな逆さまの音符が

錆びた扉を指している

軋む音のなか やがてゆるりと

道しかない道が現れてくる

 

 

 

うすくけむる明るい夜に

けだものは光を聴いている

ひとつの星が雲を集め

道へ道へとほどいてゆく

 

 

 

光は

通じなさの上にやって来る

暗い場所に

少しだけ明るい暗さが降るような

見えないようで見える言葉

雲の言葉

 

 

 

わたしとけだものはいつしかならんだ

いつしかならんで歩いていた

たくさんのものが降っていた

たくさんのものが泣いていた

わたしも けだものも

そのなかにいた

異なる光 異なる言葉に

同じように泣いていた

 

 

 

何もかも届かぬやるせなさに

幾重にも降り来る空を仰ぐとき

つぎつぎと

つぎはぎに

光は手のひらを飛び越えてゆく

 

 

 

見果てぬ道を

見果てぬ光を駆けてゆく

わたしとけだもの

わたしとけだもの

どちらが雲より速いのか

どちらが雲より高いのか

 

 

 

 

 

 

 

 

 空は響いて

 

 

あばら骨を浮き立たせたまま

空はどこへ埋まろうとするのか

墓地の土は硬すぎるのに

操車場の跡は狭すぎるのに

 

 

 

まわりながら燃えあがるかたちを

位置も時間も持たないものが

さまざまな姿ですぎてゆく

羽のうしろに隠れた笑みが

驚いたように咲いてゆく

 

 

 

通りすぎる人々の

左の頬に見える花

次々と次々と現われる花

けしてけして消えることなく

重なりつづけるばかりの花

 

 

 

光が光の手をとって

影のなかを駆けてゆく

猫は片方の目をあけて

小さな遊びを追いかける

空は響いて

腕の輪のまま

なにもないかたちの

小さな鼓を抱き

光の声を見つめている

 

 

 

 

 

 

 

 

 国の季

 

 

わたしは川を下り

骨だけの草

骨だけの景を組み立てる

雲を集める

息を集める

ひらひらとする

 

 

 

羽のつけ根にひろがる国

赤く透きとおるまなざしの国

からだのすべてに生えてくる

羽の芽とともに興る国

 

 

 

今 左目が消えてゆく

今 右目が二つになる

右と左の腕はつながり

胴を巡る波の輪となり

明るく歪んだ歌を奏でる

 

 

 

ひとりの走りの時は終わり

誰もが走る時がはじまり

置き去りにされたものさえ走り出し

騒がしさは 歌は 消えてゆく

たくさんの国が消えてゆく

 

 

 

風が静かで なめらかで

わたしはもうどこにもいないようだ

水面の油を追い

雲の影に分かれ

水鳥の羽のつけ根に眠ったまま

わたしは飛び去っていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 雨の季

 

 

雨の日 音は海辺を描いた

さまざまな色を塗り重ねた

色はどれも少なかった

月や花からわけてもらった

 

 

 

銀と灰

黒と金

もっといろいろ描けたのに

ずっと待ちくたびれていた

箱の隅でかがやいていた

 

 

 

独りの食事

歪みは昇り

歪みは昇り

祈りは消えず

背を持ち上げた

 

 

 

ひとつの窓に

六つもあって

それは羽の波だった

消えては現われ

通るたびに触れる葉の

すぐそばにいる言葉だった

 

 

 

みんな何かになりたいのだという

桃は緑になりたいのだという

緑は緑のままでいいのだという

光になりながら

空になりながら

雨のまま海になりながら

色を並べた箱の隅に

静かに静かに降りそそぎながら

 

 

 

 

 

 

 

 

 音の轍

 

 

空のくちびるのまわりを

たくさんの魚が泳いでいる

曇の奥の曇に染まり

行方は次々とひらいてゆく

 

 

 

涸れ井戸を囲む湖に

金属の破片が降りてきて

細い道のあつまる道に

かがやくひとつの影をつくる

 

 

 

橋の下の橋の下には

鉄の家が連なっていて

夕方へ夕方へと緑に埋もれ

見えない者の歩みを鳴らす

 

 

 

使い捨てられた人々が

最後に流れ着くところには

燃え尽きることのない羽があり

人々の片目だけを照らしている

誰にも譲ることのできなかった

かがやきだけを照らしている

 

 

 

黒が黒をたどるように

闇は自身を折り曲げる

なぞられてはじめて生まれたからだで

音の姿を描きつづけている

音の轍を描きつづけている

 

 

 

 

 

 

 

 

 ノート(午後の尾)

 

 

そっといじけたような光でいる

まるくまるくなでられたいのに

そっぽをむいて目を閉じて

大きな花の実を食べている

 

 

 

ずっとむずがゆく思っている

ときどき次の次がほしくなる

少し高いところにのぼり

晴れと曇のむこうを呼び

生まれゆく雨のかたちを知る

 

 

 

やわらかな毛に陰が来て

水のにおいを落としてゆく

草の上でからだをよじれば

陽は半透明の空の傘

尾根の近くの頬をつつく

 

 

 

熱は熱から遠去かり

原へ原へと葉の背を歩む

水と銀と青の冠

緑の杯にそそがれる音

 

 

 

光を見つめる光の頬を

歌は静かになでてゆく

花の座には翼があり

こだまをこだまに返しては

粒たちの道を震わせている

 

 

 

灰はどこへいっただろう

ずっとうしろへいっただろう

雨の次がほしくてはずむ

やわらかなやわらかなあつまりは

風におされたくぼみのなかに

水の実を見つけて微笑んでいる